ジャイルズとニールの会話
人間であること、自己であること 「どこか無気力でいるのも、眠いのも、寒いのも、果たして本当に俺が感じていることなのだろうか。本当にそれは、俺が意図して感じていることなのだろうか。無意識に感じる自分自身が、実は誰かに、外からやってきた寄生虫に、脳の一部を支配されて感覚を操作されているとしたら?それは真の俺自身だといえるか?本当に?」 「いいんじゃないのか、別に。だって、俺たちの意識的な感覚だって、他人の影響を大に受けている。それが外から来るか中から来るかって、話じゃないか?」 「そうだとしても、それらが無意識から俺達の意思決定や感覚を、それらの目的のために操作するとしたら、俺が俺だという、そう考える俺自身の思考の前提が、脳の神経を食い荒らす虫どもによって破壊されているんだ。俺の存在を規定できる唯一である俺という根拠が不安定になってしまう。」 「俺にとって、その虫は感覚できない。狂犬病にかかるなら、それは単なる治療すべき病だ。つまりは、あくまで虫は外界の存在に他ならず、俺自身を揺るがしはしないし、俺の存在も揺るがされない。」 「お前にとっての俺自身とはなんだ?他人から見える「俺」か、それとも、「俺」の体そのものか、それとも、世界を認識する前提である、「俺」の思考か…」 「どちらにせよ、俺が認識しているのは単純に「俺」だけだ。寄生虫が、脳の細胞とくっついて、まるで俺になってしまえば、俺は最初からそうであったようにその要素を持った俺になるし、突然凶暴になったとしても、俺はそれを寄生虫が怒りの神経を刺激したせいだとは思わない、ただたんに、俺が怒りっぽくなっただけなんだよ。虫がいようといまいと、俺が考える「俺」自身に変わりはなく、ただ俺は、世界に放り出されて途方に暮れている俺なんだ、その意見が、傲慢さをいじる虫によってだとしても、俺なんだ。知覚されたが最後、虫は完全に俺と切り離され俺ではなくなる。結局そんな、ゾンビのような存在に警鐘を鳴らすのは、それを見ることができるようになった、それを知覚することができるようになったお医者や学者くらいで、俺にはなんの関係もないのさ。」 「じゃ、たとえば、その虫が、俺たちのその、お前が信じるところの、「お前」自身を認識できる部分の神経を、切断してしまったとしたら?それによってお前は死なずに、今までの全ての記憶と感情、性質と、思考性質は失われないとするよ、そうしたら、「お前」自身はどこへ行くのか?どうなるのか?」 「俺が「俺」自身を、今認識できるように認識できなくなったときってことか?そうしたら「俺」はきっと飽和して何にも考えられなくなるんじゃないのか、単に、脳障害だよ、そいつも一種の病気だよ。でもお前の心配することはないさ、お前の信じるところの、「俺」という、その理論自体は、お前の感覚を超えて存在している。なら、お前が後々虫に食われて元来の自我を喪失したとしても、その理論が失せるわけじゃないし、その理論の述べたい自己は存在し続けるんじゃないか?まあその、本当の「俺」自身というのが、虫が食う小さな脳の一部のことを言うなら、俺はその時俺のすべてを構成する部品が不十分になるだけで、「俺」自身でなくなることはないだろう。人間の定義というものが、全ての部品がなくちゃならないわけじゃあないのと同じようにね。まず、他人にとって俺は変わらない。俺にとっても虫の存在には気づ
かないわけだから、変わらない。」 「つまり、まるで人間のように生きている。」 「まあ、人間だからね。」 「お前のその自身を持った人間宣言によって、お前はきっと、それは哲学的ゾンビなんだと思う。」 「お前は神の視点に立っている。自分の身の丈の視点になるべきだ。お前自身、今頭に虫が入っていたらどうだ?最近変わったことは?急に自信が出てきたとか、
突然なにもかも笑い飛ばしたくなったりとか…お前はどこで変化に気付ける?お前はやっぱり虫のいない時から持続してお前なんだ。お前が今のお前を忘れたって、その脳みそに詰まったお前の要素は変わらずに、それが分断したり欠けたりしているだけしゃないか。俺にとって俺自身なんてのは、いつも欠けたり増えたりしてるだけで、根っこの部品は同じなんだ。哲学的ゾンビなんじゃない、ただ、欠けた人間なだけなんだと思うよ。」 「それでも、俺はその虫たちによって、どこか操られることへの危機感を覚えるよ。誰かの意図を、自分の意図だと自然に思ってしまうことが恐ろしいんだ。自分がそれを快く感じていたとしても。その小さな虫たちがいつか兵器としてこっそり使われていって、俺の意思は、いつの間にか誰かの意思によって使い捨てのゴミのようになってしまうのが。この考えを持つことを許されず、喜んで従うようになるのが。一体そうして作られた人格や意思によって埋め尽くされた世界に、本当に「俺」なんてものが存在するのか?ただ一人で、世界を認識し続け、固有の死を終着に控えるような「俺」自身が。俺にとっては、認識する自然な自己こそが生であり存在なんだ。これだけが俺の固有であり、これが俺の根拠なんだ。「俺」以外の存在は人間かどうかも怪しい、確固たる証拠がない、俺はどうしても一人であること、この不安が、孤独が、この認識が、俺の中から失せた時、俺は本来的存在から、あの物言わぬ拒絶から、背を向けてしまうことになるんだ。脳が切断されることが恐ろしいんじゃない、今の自分自身が分断され、そのことに気付けないままでいることが、感情だとか思考だとかじゃないんだ、この恐怖がたんに今の恐怖でしかなくて、虫食いの後に幸せな静寂が待っていて、確かにそれを静寂と思うとしても、俺にはその俺を俺だと思うことができない。」 「そいつはお前の単なる人生観さ。例えばもし、今のお前のそんな考えを持続させてくれて、さらにはもっと突き詰めて集中して考えさせてくれるような虫がいたら?お前の恐怖なんてのは杞憂になるだろう。安心しろよ。ネバーマインド!」 「ひとつ言えるのは、そんな世界に住みたくないってことだね。持続可能であることだけで、それを人間であると、自己であるとは言えないはずだ。」 「持続可能性が人間を定義するとは言わないが、人間はもともと体内に微生物を飼っているじゃないか。虫が脳に食いついたからと言って人間でなくなるわけではないぞ。お前がその不確かな世界に自分の存在が認められないのはお前の認識するお前が…それを俺が言うのもおかしいが、今ここにいるからだと思うよ。」 「ああ、お前のそれ、すごく正しいと思う。すごく「俺」の説明としてしっくりくるよ。だけど、他人の介入が加わった俺は、やっぱり「俺」の飽和だと思う。「俺」のほかに別の「俺」が介入して、固有であるはずの「俺」が、一つしか入らないはずの【俺】の中に複数存在していることになる。俺は内側から崩壊する。俺は俺が一体何なのかわからなくなる。」 「お前、疲れてるんだよ。昨日はゾンビが大量発生したもんな。ここにはゾンビなんていない、自己の飽和なんて心配することはないさ。」 「アビーがゾンビだろ。」 「アビーは俺の嫁…」 「…一人になりたい、暫く…お前もアビーもいない、安全なところで…。」 「ハッハッハ。頑張って生き残ろうぜ、相棒。」 「…ハア。」 某書を読んで思いつくままに書いた脳内会話がジャイルズとニールっぽかったので、ジャイルズとニールに当てた。 |