退屈な日の退屈ではない君





見慣れた珈琲店。
座りなれた椅子。変わらない珈琲の味。
退屈な自分。

「あ〜 つまらん……
毎日毎日脳を酷使している。
なんか面白いことないかな?」

「今月のコーヒー特集がそこのマガジンラックにあるよ。」

店主は忙しなく手を動かしている。カップを洗って。コーヒー豆をすり潰して。俺がぼんやりとその動きを眺めている間も、せかせかと動き続けている。
カウンター越しの店主の答えがなんであっても、俺を揺さぶることはないと分かっていた。

「そういうんじゃなくてさ…
もっと、パーッと、疲れた脳に染み入るなにか。
刺激が欲しい。」

「でも、お前。前もそう言ってたじゃないか。
その時提案した高級料理店での食事の翌日には同じことを言ってきた。お前に何を言ったところで、次の瞬間には最初に戻っているだろう。自分で試したことは?消費が早すぎるんだよ。こっちの引き出しも有限なんだから。自分で考えろよ」

「この間、旅行に行ったんだ。近場だけど。映画館にも行ったし、まあ、その辺をぶらついて買い物もした。衝動買いで、ちょっと高くていいオーディオを。それと、CD。結構当たりだった。普段はやらない懸賞のはがきを出してみたりした。レシピブックを買って手の込んだローストチキンを作った。本を買った。散歩をした。でもだめだ。何をやっても。
俺は何を求めてるんだろうか?自分の家の椅子に座って映画を観るのは日課だ。日々違う映画を観て楽しんでる。でも今ほしいのはそうじゃない。何か労力を割いて、目に見えた成果がほしい。でもそれが何なのか。これというものを試してもどれも違うんだ。」

珈琲屋、まあ、すなわちロンメルは。にこりと笑った。そんな時は禄でもないことを言うに違いない。そういう顔を、わざとらしく作った。

「まだ一つやってないことがあるじゃないか。」

「なんだなんだ?」

「人間を捨てることさ」

「うお」

「お前は、きっとお前自身に飽きているんだ。
何をやってもすべて退屈なお前からの地続きで。だから何をやっても抜け出せない。」

「どうしようもないじゃないか。」

先ほどまで面倒くさそうにこちらをあしらっていたロンメルは、いいことを思いついたとばかりに笑顔を顔に貼り付けていた。
俺の垂れ流しの思考をカップに入れてぐるぐるとかき混ぜて、そこにボチャンと角砂糖を放り込む。

「なくはない。お前がお前をやめるか、お前の周りで、お前をお前にしている人間を消すか。
一番のおすすめは、姿かたちをすっかり変えてしまうことだ。」

「ええ、この流れ」

「幸いなことに、ここに変装の名人がいる。任せろ。」

コイツが本気なのか、俺を追っ払うための方便なのか。どちらにせよ、この話題は打ち切りだ。
俺はいそいそと帰り支度をする。

「いや〜 そういうのは。見てるだけでいいかなって…
俺、結構自分のこと気に入ってるから……」

「俺に助言を求めたのが間違いだ。観念しろ、イリヤ。」

「ひえ…」

逃げ場はない。そう思った時だった。

プルルルル。

「ん?」

「おっと、病院からのコールだ。じゃっ俺はこれで!」

「うまく逃げたな。」

珈琲店を出る。そこはもう見慣れた帰路だ。閑静な住宅街。画面を見ると、珍しい名前があった。

「アンタが電話かけてくるとは。そっちはどうだ?
ああ、いやこっちの時間は問題ない。」

軽い世間話をする。いつの日かの学会で会って、意気投合した。時々メールで近況のやり取りをしていたが、急に電話が来るのは初めてだった。

「はあ、ゾンビ?
はは、アンタがそういう冗談言うとは思わなかった。
でも俺もすきだぜ。映画もピンからキリまで見漁ってるから……」



世界線はともかく麻酔とジャイルズは友達という設定。