|
地に殺されるとき ガツン。暗闇の中で、鈍い金属音が響き渡る。手首に小さな衝撃が走る。 「はあ、はあ、はあ……」
一心不乱に同じ動作を繰り返していた。いつの間にか息が上がっていたのに今になって気づく。
「岩…」
地理的に、間違いがなければこの辺りの地上には大きな岩山が、場所によっては崖のようにそびえたっていたはずだ。本当は、今日中にもう少し直線を掘り進めたかったが。その後もどこにシャベルを突き立てても、硬い壁が立ちふさがった。だんだんといら立ちが募る。
「クソッ…」
無心になって掘り進めるのは心地がいいが、思ったように進まないと煮えたぎるような思いに支配されていく。頭の中に誰もいなかったとしても。ただ俺の性分だった。いらだったところで何の意味もなさないことはわかっているが、四方を土に囲まれる閉塞感、酸素の少なさ、蒸しかえるような湿気。どうしようもない、行き場のない苛立ちが湧き上がってくる。
シャベルを投げ出し、スコープも取り捨てて、その場にあおむけで倒れこむ。
ずいぶんと掘り進めたから、スコープを外すと本当に何も見えない。真っ暗だった。手を掲げると、空をかく。背中の土だけが、俺をここに存在させているようだった。
ああ、落ちてこない。
そういうタイミングは何度もあったのに。
暗闇に押しつぶされてもいい。そう思うときは幾度となくあった。そう思ったときに、ちょうどよく、土が降り注いでくれれば。
長い間人間の力が加わってこなかった、純粋な自然が。ちっぽけな異物としての俺を押しつぶして、なかったことにする。俺は土に溶けて、長い間人間の力が加わらない、大地の一部になる。次に気が付くときには、もう誰もいなくなっていればいい。疲れた時に、いつも考えることだった。
同じ願望を、幾度となく夢見る。途方もない。ただ、ほかの何かより、楽なだけだ。
ぐちゃぐちゃぐちゃ。
「……」
遠くで音がする。何かが落ちてくる音。
きっと双子の弟が、"今日の分"を落としたのだろう。
起き上がってスコープをつけると、俺は再び人間になってしまった気がした。手があり、足があり、そこにはシャベルも転がっているし、のども乾いている。
ずっと。ずっと、あの思考のなかに漂っていたら、俺はいつまでもそれだけでいられるのだろうか。
ひっくりかえった砂時計のようだった。いつもいつも、人間には時間切れが訪れる。
泥まみれのまま立ち上がり、以前見つけた水場で顔や手を洗った。地の底から湧き上がる。手つかずの。
穴の入り口付近まで行くと、光が差し込んでいた。月明り。夜だ。涼しい風が吹き込んで、冷たい空気が肺を満たしていく。たったそれだけで、苛立ちはどこかへひっこんで、頭が冴える。漂う草木の香りが、心をなだめる。なにもかも、人間からは与えられないものだ。人間であることで、人間のための、が圧し掛かってくる。うんざりだった。ただ、暗い地面と戦い、いずれは負けて朽ちる。理想だと思う。
ばらばらの死体の山を見渡すと、一番上に血濡れのビニール袋に詰まった軽食が落ちていた。双子は時々気遣うようなことをする。琴線に触れなければ、普通の人間なのだろうか。ぐうと腹が鳴る。はあとため息をつく。人間は、食べなければならない。いつまでも、切り離せない原因の一つだった。
死体を専用の区画に押し込めて、木の根や土を組み合わせて蓋をする。再び水場に戻り手を洗う。そして、ビニール袋も洗って、中の食べ物を取り出す。毒でも入っているんじゃないか。とは、何度も思った。兄貴のほうなんか、ふざけて薬を混ぜてきても不思議じゃない。が、俺はいつも、そういう考えには蓋をして、ただ、与えられたものを食べる。土の中に籠っていては手に入らない人間のための食べ物が俺を満たすのだった。サンドイッチと、果物が少し。味はよくわからない。どうしようもなくて、笑いすら起きない。これは、あの二人からのあざけりなのだろうか。どうしたって俺は人間に生かされている。
再び苛立ちがぶり返してくる。
何度も何度も繰り返すけれど、一向に道筋は見えないままだ。消えてしまいたいと願いながら、俺はこの形を捨てる気がない。人間を生きようとするのだ。そして、湿った硬い大地に喧嘩を売って、反撃を食らうのを待っている。きっとあがくことになるだろう。死ぬその瞬間までもがいて、ああ、くそこんなこと考えなければだなんて、考えたりしてさ。死んでしまいたいならすぐにでもできるだろうが。俺は。
戦いに備えている。人間などではなく。もっと身勝手で、莫大な。 だから、俺はただ生きている。苛立ちに毒を吐かれながら、俺のあずかり知らぬところで、飲み込まれるのを待っている。俺は俺であると忘れないように。掘って、掘って。
------------------------------------
最近イライラと不安が付きまとっている。 20220427 |