脳内物質作用の観察





夕方僕が家に帰ると、家はいつも真っ暗だ。人の住んでいる気配がない。でも、ここには僅差のタイミングで兄として存在するアーサーがいる。キッチンにもリビングルームにも浴室にも、誰もいないのを確認して、僕は階段を登る。アーサーは殆ど部屋から出ないし、出たとしても、一日のうちほんの少しだけ、キッチンで食べ物を漁るか、ラバトリーに行くかだ。今は部屋にいるようだ。生存確認も兼ねて僕はノックをせずにアーサーの部屋の扉を開ける。足音で僕が帰ってきたのはわかっているはずだ。そうすると暗がりで、アーサーが椅子に座っているのがわかる。窓が少しだけ開けられていて、外の光が入っている。アーサーは起きていて、ぼんやりと部屋の中を眺めている。どこも見ていないんだろうけど。今日のアーサーは目が冴えているようで、僕に話したいことがありそうだった。

「感情的になっているときには、俺は感情に飲まれて、何もかもが不安でどうしようもなくて、何も考えたくないのに、不安が付きまとって、吐き気とすべてを投げ出してしまいたい気持ちと、世界へのいらだちと、自己嫌悪と、色々なヘドロのような感情で動けなくなる。
だが、ある時ふと思った、この感情は、俺の憂鬱な症状に過ぎないんじゃないかと。脳内物質が、外的内的な刺激によって放出されて、俺の脳がせわしなく動いているだけ。苛立ちとか、幸せな気持ちだとか。どこからそうなるのか知らないが。妙な気分だ。俺の精神と肉体が分離したような。いや、思考と感情が分離したような心地だ。
その時、思考の俺からしてみれば、感情の俺は馬鹿らしいだけだった。やるべきことは単純明快だっているのに、ああだこうだと気分のせいで結論が出ないでいるんだ。それが、避けられない、するべきことであれば、やればいい。それだけだっていうのに。だから本当は、すんなりに生きるには感情なんていらないんじゃないかと思う。そんな物質。いい感情にしても悪い感情にしても、思考に、行為に影響を与えるということが。」

また、僅差の兄が思考を垂れ流している。答えないとそれはそれで面倒だから僕はそつのない反応を返す。

「でも、負の感情が芸術を発展させて、前向きな感情が活気ある世界を生みだし続けているのがこの現実じゃないか?何もないと、ある一定以上の発展はできなかったんじゃないかな。いや、世界の在り方自体が変わっていたかもしれない。アーサー、お前のその考えは思考から始まって再び感情に飲まれているよ。思考だけの世界でない現状を嘆いている」

「人間っていうのは面倒だな。機械のほうがよっぽど合理的な人間に向いている。思考的なら、感情を伴う発展なんて必要ないんだから。
まあ、世界の話はいいんだ。俺の中の話がしたいだけなんだ。思考を自覚した瞬間、俺の中の感情は崩れていくんだ。往生際悪く、こびりついて残るものもあるけど、思考が結論を出してしまえば、感情の出る幕なんてない。何であるんだろう、こんなものは。」

「さあ…。僕が思うに、ただの偶然ではないかな。たまたま人間の脳がそういう物質をどうこうする形になっているだけ。それか、個々の人間が生きるために、互いに意思を疎通するために、思考以前に在った原始的なコミュニケーション手段、とか。なあ、もう難しい話はいいよ。僕そんな勉強してこなかったんだから。僕に聞かれてもわからない。」

「考えても、答えは無いんだろう、こういうのは俺たちみたいな素人が話したって結論なんか出ないんだろう、けどさ。どうにもこれらは俺たち個々の中にそれぞれの解があるはずだと思うんだ。」

そうして、また、ぶつぶつと、言語にならない思考を噛み砕いている。この僅差の兄がこういう話題を振ってくるのはよくあることだった。僕には、考えたって仕方のないと思うようなことを、つらつらと、集中力が切れるまで、ぼそぼそと話し続ける。これも薬が効いているせいなのか、薬が効いていないせいなのか。もともとの兄の性質なのか。わからないけれど、経験から僕はこれらに応答する役目が与えられているようなので、それに応じている。アーサーがきびきびとしている姿をここ数年は殆ど見ていないけれど、時々こうして、まともな人間のように思案しているのを見ると、アーサーはまだ死んでいないんだなあと、思う。それがうれしいわけでも、悲しいわけでもないのだけど、ただそう思うのだ。こうしてくだらないやり取りをしたあとは、僕はまあ、哲学者気取りの気分に浸るアーサーを放って、夕飯の支度をする。アーサーもしゃべりたいことはしゃべっただろうし、満足だろう。
誰も居なければ、こうして僕らはただ静かに暮らしているだけだ。誰も来なければ。
でも、そんなわけにはいかないから。僕は鍋がぐつぐつと音を立てている間に、車の中身をきれいにする。少し森の方に行って、いつもの縦穴に中身を放り込む。確かに、感情なんてものがなければこんなことをしなかっただろうか。思考だけだったら。こんな無意味な行為をと、思うだろうか。多分、僕はどうしようもない。思考がどこか壊れているのだ。もっとずっと前なら?いや、どこへ遡っても、僕はただ僕であるだけだった。アーサーは、思考が、感情が、壊れていない前提で、どこか夢のような話をしていたけど、きっとそれだけではないんだ。壊れた思考と、壊れた感情が無数に存在していて、どろどろに混ざり合っている。
この話をしたら、アーサーは何と言うだろうか。アーサーは、どの立ち位置に立って言うのだろうか。それとも、どこにも足の踏み場がなくなって途方に暮れるだろうか。
キッチンに戻ると、鍋は丁度良く煮えていた。僕にはあまり料理のレパートリーがないから、大体鍋に肉や野菜を入れて味をつけるばかりだ。でも、それで必要なものが全部入っているのだから十分だろう。アーサーのほうは、たまには別のものを、とか言って、元気のいいときは、レシピブックなんか開いて頑張っている。僕はそれがなんだかおかしくなって、今日の夕食にはパンもつけてみた。いつもは鍋に入れた芋で十分だけど。アーサーは喜ぶだろうか。またぶつくさと文句を言うだろうか。感情にに振り回されるアーサーを見ているのは、思いのほかたのしい。



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20210725

あまり考えずに書いた。