雲を待つ








あの頃は想像も出来なかった。まさか俺が今日まで生きて、あの頃とたいして変わらない生活を続けているとは。
あの頃の俺にとって、今日の俺は死に損ないだ。だが当時の俺は自分の死すら想像できていなかった。誰かと殺し合って死ぬだとか、さっさとこめかみを撃ち抜いて死ぬとか、一番それらしいのがサッと浮かぶが、だからってそれは俺の頭の上を素通りして、俺に一抹の不安すら与えない。実際、想像できていないのだと思う。
想像しているフリをしている。システム屋からすれば、定義だけされて中身は空っぽみたいなものだ。それでもそれに気づけただけ、あの頃よりも少しは進んでいるのかもしれない。さっさとくたばっていれば、気付くこともなかった。が、別に気づかなくても大した話じゃないな。
死ぬにしたって、きっとキッカケがないと出来ないのだろうな。なんでもいい、ただ、太陽が眩しかったからでも、いい。
俺にとってはそんな些細なことすら、死に繋がらない。これは俺の欠陥だろうか。人間としての正しい機能なのか。
死にたいわけではないのだが。想像ができない。予知がしたいわけでもないのだが。ルカは幸運な奴だったと思う。志半ばでくたばったが、確かな志があり、目的の為に生きていた。志が欲しいわけでもないのだが。どうしてか、素晴らしいことだったとは、思う。
羨ましいというのとは違う、完成しているものを見る満足感のようなものがある。それもまた、頭上を通り過ぎていく。雲のようだな。

「きっと俺の空はいつでも快晴なのだろうな」

昔は。昔は。どうしても過去と比べてしまう。それだけ俺は変化したのだろうか。もっと激情が渦巻いていた気がするが、段々と削ぎ落とされていった。未来。ポカンと、また一つ雲が浮かぶ。するすると、どこかへ流れていく。
体が言うことを聞かなくなって、頭もぼんやりとして、痛みに悩まされて、そうして、死ぬのだろうか。身辺の整理をして、死ぬのだろうか。どうせこのまま変わらないと思うと、そんなものしか思い浮かばない。今を捨てて、何がしたいわけでもない。

「彼ら」と今を賭ける。ロシアンルーレットのようなものだ。それだけは続いている。
想像はできない。ただ、生きるか死ぬか、それだけはハッキリとしている。目的もなく、後も先もなく、ただ今その瞬間。
落ちたら跡形もなく砕けて死にそうな崖の上で、それだけが俺の胸ぐらを掴んで離さない。

ルーチンをこなして、建前のように小さな目標を立てて、生きている。生を消費している。時間切れになるのはいつなんだろうか。その瞬間、俺はどうなるのか。メディアに溢れる最期の飾り付けを見ても、一向に自分に置き換えることができない。
俺を知る人間も、これから、少しずつ減っていくのだろう。そうして、辛うじてある関係も無くなったとき、俺はどうするのだろう。想像が出来ない。恐らく、発生する「すべき」の処理をこなしていれば過ぎ去っていくのだろう。
全く暇を持て余した死に損ないだ。

電話が鳴る。電話を取る。誰かが死んだ。殺されている。投げナイフで首を一突き。まだ近くにいる。どうせあいつだ。
電話を置く。慣れ切った身支度をする。扉を開けて閉めて鍵をかけて、車に乗り込む。無線の音を聞きながら、指定された場所に向かう。
どこまでもルーチンのままだ。それでも今はまだこの瞬間は、雲が広がる。


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前は兄貴とかガスマスクとかに共感しながら描いてきていたけど、
だんだん精神的におサツに親和していくなあ。