私は仮面を被っているので

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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一月の終わりごろに書き始めて一時放置し漸く完成。

 

自分が嫌いな自分を、見ない振りをして誰かになろうとしても、

自分が嫌いな自分を、認めることができるのは自分だけ。

こうありたいと思う自分というものはいつでもあるけれど

しかしそういうものには決して到達できない。

主人公は、誰かに認められたいと思って誰かになりましたが、

その代償としてもっと自由な自分を殺していました。

人のためとばかり思って、自分のためというものを忘れていました。

巨大な自己嫌悪が、自分という存在を見えなくさせていました。

 

このはなしのなかで仮面は

主人公にとって実は意味のないものでした。

むしろ弊害といってもよいかんじで。

よくてもわるくても、自己であることが精神と言うか、理性と言うか、

そういうものをもって生まれた人間というものを

成り立たせているものなんじゃないかなあと、思いました。

 

子供は、素顔の主人公を認める存在。

吐き気がしたのは、自分の認めたくなかった自分を認められたことへの戸惑いかな。

だけど決して負の感情があるわけではありません。

後ろからの罵声は過去の自分からの声のつもりで。

 

…と、いうのがストーリーの流れとしてのこの話で、

もうひとつは、本当に、

自分ってなんなのかよくわからないよねということ。

なにか現象に対して喜怒哀楽を示す自分はなんだかどこか芝居がかっていて、

ほんとうのところの自分は無感情で無関心であるように思えてならないときがあります。

そういう不気味さを、形にしてみたかったというのもあるのです。

 

 

 

いまはこのくらいで。

この件に関してはまだ自分でもよくわからない。

 

 

世間体に流されて自分を忘れていた自分へ。