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若干の解説。
今回読者に優しくない部分として大まかに死と夢と忘却があるけれど、死についてだけおぼろげな解説を。
夢と忘却については割愛で。全部解説があってもつまらんしな。
はい。まず、今回は狂っている、の定義を考えるような考えないような話でした。
人間は普段、他人の死は経験しているけれど、自分の死は決して経験することがない。
他人の死を経験して「ひともあろうにこの私ではない」と思って死を思考することを遠ざける。
死に対してなにかしら態度することから逃げている。そうして安心している。
安心していることは世界の中で本来的に生きていることとはかけ離れている。
しかしそれが日常における人間の在り方なのだ…、と、まあ、某人が言っているのですが。(←The・ウケウリ
アーサーに近いものを見出したので漫画にしたわけです。
こいつは他人が目の前で死んでいるのを見たがるヤツなのでね。
ですがそうするとアーサーは全く世界と共同の感性を持っていて
表層の世界に本来の世界の姿を隠されているわけで。
世界と兄貴の違いを描きたかったのかな。
平和がアーサーに「狂っている」と言ったのは、
アーサーたちは世界から逸脱して存在しているはずなのに世間的な人間性に縛られているからです。
殺人鬼ものの人々にとっては世界のほうが狂っている。
まあ、言いたいことはといえば、
アーサーは世人と同じように他人の死を体験しているわけではないのだと、そういうこと…かな…?(←
別に自分が死へ臨むことを怖れているわけではない。そのおかげでこいつに安心は訪れないでしょう。
そのかわりに死がすぐ後ろにあることを知っているからこそ、
自分が生きていることを十分理解していると言っても、いい…のでは…ないかと…。
大事なあの子っていうのには本当にとくに意味などありませんが、
強いて言うならアーサーの中で残存していた人間的な弱さですかね。そういう、死に対する世界の無関心さ。
まあしかしこの人間性も世界が定義した意味でのそれと言うことではありますが。
いや、本当に意味は特にないので、無理に似たような意味を付加する必要もないか…。
それとあれ、同じ言葉を繰り返し繰り返すことで原因不明の不安を忘れようとする行為。あんな感じです。
多分アーサーはもうしない。自覚した途端ああいうのは無意味になるしね。
これでアーサーもなにも隠されていない状態の世界に向き合い始めることができるわけですな。
自分は正常だというセリフには皮肉が入ってます。
今の自分にとっては善であるが、向こう側では悪とされる。
しかし他人の死によって自分の死から遠ざかるその姿は起源は異なるにしても向こう側と同じ状態である。
今まだ脳内まとめてないので何か書き足すことがあったらまた更新しますが、今はこんくらいで。
世界は脅威だ。