生ぬるい日常の会話








シートベルトを99%描き忘れているけれど許してほしい。
ナチュラルに忘れていました。最後の最後で気づきました。
二人とも、お互いまだ、お互いを自分とは相いれない向こう側の人間だと思っている。
でも、「善くあれ」を振りかざさない分お互いに他よりは付き合いやすいと思っている。
お互い嘘はついていないけれど、相手が自分を本来とは違う印象で捉えるのはしっているので、
この現状にうんざりしている。
よく聞く日常の会話の流れに対する違和感。
ニュースの上ででも、会話の中ででも、「善い」という膜がはってあるように見える。
その中に悪いものが詰まっていると、言いたいわけではないけれど、
中身が何であれ、バットエンドでも語り掛ける善さがあるような。
おかげで成り立つ素晴らしい世界。そのほうが楽だし、生きやすい。
でも、それに無意識に安心して、
ふらふらとひとりで空想しながら歩く自分を遠くの自分が眺めると、おぞましく映る。
その膜に消えてほしいわけじゃないけれど、おぞましさの詰まった袋と仲良く歩いている気がしてぞっとするのです。
時々ね。