夢想者の扉
扉を開けると人がいた。小さな個室で、人が一人座っていた。俺は「隣に座ってもいいですか」と聞いたが、その人は「あなたはだめです」というので、扉を閉める。隣の扉を開けると、人がいた。その人にも同じ質問をして、同じように断られたので、扉を閉める。もう一つ隣の扉を開ける。人がいる。俺は何も言わずに扉を閉めた。
俺の眼の前には無数の扉がある。今まで、一つ一つ開けてきたけれど、その全ての部屋には人がいて、俺が入る場所はなかった。座る場所はあっても、俺の座る場所ではないと、彼らはみんな言っていた。俺にはきっと別の部屋があるから、と言う人もいた。それを言われたのは随分昔のことだが、俺はそれを信じていない。長い間扉を開けては閉めてきたけれど、俺を迎えてくれる部屋など一つもなかった。
どうしてこんなところに迷い込んできたのかわからない。俺は時々立ち止まっては泣いた。もういやだ、もう無理だ、なんでこんなことをしているんだろう、なんでこんなことをしなきゃならないんだろう、何度も思った。何かが変わるわけではないけれど、俺は無に向かって呪いの言葉を吐き続けた。誰をも責めることが出来ない分、この不条理を恨んだ。
扉を開けると人がいた。彼は言った。
「あなたが変われば入れてあげますよ。」
俺は吐き気がしたので扉を閉めた。
扉を開けると人がいた。彼女は言った。
「あなたは何を持っているんですか。」
俺は何も持っていないので扉を閉めた。
扉を開けると人がいた。その人は言った。
「ここはあなたの部屋ではありません。」
俺は聞いた。
「それじゃあ、俺の部屋がどこにあるか、あなたはしっているんですか。」
その人はそれ以上何も言わないで、手に持っていた本を読み出した。
俺の部屋はどこにあるんだろう。誰もいない部屋がいいな。きれいな部屋がいいな。俺が俺のままでいられる部屋がいいなあ…。俺は夢を馳せる。
どうしたら、部屋を見つけられるのか。どうしたら、部屋に入れてもらえるのか。その答えを、俺はしっている。「変わればいいんだ。」俺が変わる以外に、彼らは俺みたいな人間が生きていく仕方をしらない。だけど、俺にはそれがどうしてもできない。俺は変わることが出来ない。彼らが望むような俺は、もはや俺ではない。それをしっているのは俺だけなので、みんなは俺に変われと言う。寄越せと言う。尽くせと言う。笑えと言う。俺にはそれができない。だからみんな部屋には入れてくれない。―だけど、できないのが俺なんです。それが俺なんです。俺はそれで居心地がいいんです。俺は、変わりたくないんです。俺は居もしない神に向かって嘆く。
それでもやっぱり、扉の向こうには人がいる。俺は震える手で扉を閉める。どの部屋もまるで同じ答えしか帰ってこない。「君が変われば。」俺はそこに狂気に似た何かを感じて、扉を開けることが怖くなっていった。みんなが嫌がるものだから、誰もいない部屋を探してみるけど、そんな部屋は一度も見たことがない。
扉を開けると人がいた。その人が何か言う前に、俺は言った。
「誰もいない部屋はありませんか。」
すると、その人は笑いながら言った。
「そんな部屋はない。」
自分で思うのと、誰かに言われるのとでは別のもので、耳に響く現実は俺を絶望させるのに苦労しなかった。腕を掻き毟る俺に、その人は続ける。
「一人のための部屋なんて、存在しない。そんなふうには作られていないんだ、この世界。だけど、死にたいなんて言うんじゃないぞ。この世界の誰もがそれをさせない。」
俺は音を立てて扉を閉めた。
開かない扉を見つけた。開けようと試みるが、びくともしない。周囲の扉を開けては、そこにいる人々にその扉の開け方を聞いたが、誰もその扉の開け方をしらなかった。俺はついに俺の部屋を見つけた。この開かない扉の向こうがそうだ。だけどその扉の開け方は誰もしらない。俺はいつまでも部屋に入ることができない。
扉を開けると人がいた。その人の笑顔には見覚えがあった。
「開かない扉があるんです。そこが俺の部屋かもしれないんです。開け方をしりませんか。」
その人はやっぱり笑っている。
「開かない扉が開かないのは、それがこの世界にあっては開けることが出来ない扉だから、この世界にはその扉の向こうを描くことができないから、開かないんだ。君は開く扉の中に入るために、変わるしかないのさ。」
俺はとうとう叫んだ。
「それは変わることが出来る奴に言う言葉だ。」
狭い部屋に声が響く。かちっと目が合ったその人は冷めた目をして、怯むことなく俺を見据える。その目は俺の大嫌いな目だった。今まで開けた扉の向こうにいた人間すべてと同じ目をしていた。
「変わろうともしないで、変われないなんて言うんじゃない。」
「変わった後の俺を、俺は愛することが出来ない。それをしっているのは俺だけだ。俺は何かでありたいわけでも、誰かでありたいわけでもない、ただ俺のままでいたいんだ。俺が要らないというなら俺を逃がしてくれ。この世界から。ああ、どうしてお前たちは俺に死ねと言わないんだろうな、だから俺はお前たちが嫌いなんだ。」
溜め込んでいたものを、それでも抑えながら吐き出してから、俺は、そんなことをこの人に言っても仕方がないことを思い出して、扉を閉めた。変わるつもりがないんだから、もう扉なんて開ける必要はない。俺の心は不思議なくらいに冷めていた。
俺は開く扉を開けるのをやめて、開かない扉の前に座っている。中に入ることは出来ないが、中を夢見ては開けようとした。俺が扉を開けようとしているところに誰かが通りかかって話していくのを聞いた。
「何をしているんだ、彼は。」
「あんなところに扉なんてないのに。」
それをぼんやりと聞きながら、俺は再び誰も居ない部屋に夢を馳せた。
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夢は見るけどそれを実現しようとはしない
それが出来たらこの話の主人公ではない
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