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暗がりの乾杯
「あなたは死にたがっているようには見えないが、生きたがっているようにも見えない。」 「俺から見たら、お前だってそうさ。」 古い蛍光灯が、狭い廊下の隅を照らす。絶えず人が行き来する。コップに残った安価なコーヒーを飲みながら、今この瞬間の、気の重い時間をやり過ごす。遠くで聞こえる喧騒は、きっと誰かのために声をからしているのだろう。だが重なり合ったそれぞれの声は、もはや何を言っているのかわからない。ありふれた雑音。俺には全部が気だるい。それでも目の前のこいつにとっては、活気あふれる有意義に過ごすべき日常なのだろう。休憩の時間に、適当な誰かと語り合う。そういうのがすきな奴なんだ。 「ブルーノ、あなたは私生活に楽しみはもっているのか?趣味は?」
「趣味か…ニュースかな。過去の、今ではすっかり聞かなくなった忘れられた記事を読むんだ。そして、それが今どうなっているのか、調べるんだよ。」 「他には?」 「なんだろうな、こないだ、よく行く店で一番高い酒を買ってみたが…大してうまくはなかったよ。でもこれは、気が向いたときにするだけだ。何か、目的があってすることじゃない。」 「もっと他人とつるんだ方がいいぜ。酒ってのは誰かと飲むからうまいのさ。今からだって遅くはない…。見聞は広いにこしたことがないよ。」 「何か言いたげだな。」 「そう、今週末、俺の友達とホームパーティ…っつっても、酒持ち寄って飲むだけだけどさ、来ないか?酒が得意なら話が尽きることはないだろうしさ。」 「…。じゃあ、そうするよ。」 「決まりだな。いい酒を待っているよ。」
死体のとなりで、それを忘れて笑えるだろうか。 週末の彼らが人殺しの集まりならよかった。 そうしたら、心置き無く笑って撃ち合えるのにな。 残念だ。
殺した罪人の名前を俺が覚えることはない。そいつは記録の仕事だ。俺の家には繋がりなんて一つもない。TVは一つのチャンネル以外を見ない。パソコンは専ら、調査用だ。そう、繋がりは、残していない。 誰かを殺した後、彼は誰だったかをしる。名前、年齢、評判、家族…他人を殺した理由。それでもそれは落ちてこない。紙のインクは滲まない。 ある日の夕方。銃を向けて、ナイフを向けられ、そいつは全てをかけて俺に向かう。うまくいったようだ。俺は銃を弾かれた。そいつのナイフが向かう。警察官らしく護身術を使ってみる。そいつを抑える。そいつは舌打つ。諦めたみたいに抵抗は失せる。それがなんだか気に食わなくて、俺は銃を取り戻してそいつに向ける。そいつは思いもよらない顔をする。俺は言ってやる。 「殺されないと思ったか?」 そいつの顔から、そのとき生が引っ込むのを見る。 結局、応援が来てそいつは生き残った。何も言わなくなったそいつは、俺の言葉を誰にも言わなかった。きっと、そいつも変わったのだ。ようこそ、ようこそ…。また会う日には、もう一度殺し合おう。 そんな、ささやかな交流ののち、今日の夜は付き合わされて酒を飲む。きっとまた、好奇心で俺に何度も勧めてくるのだろうが、俺はまだ、一度も酔ったことはない。一杯二杯三杯。その間もどこかで誰かが死んでいる。絶え間のない神聖な時間に酔っぱらって我を忘れるなんて俺には出来ない。胃の中に落ちていくアルコールは、内臓に染み入って消えていく。それだけだ。 常に誰かの死を意識していちゃ気が詰まるよ。呼びつけた男は言う。
「お前と誰かの死は、実質的には関係ないんだ。だから、お前が今酒を飲んでいい気分になったとしても、それで世界のどこかで誰かが天に召されるのを常に悲しまなければならないなんてことはないんだよ。すべてを背負い込むことはない、俺たちは、目の前の誰かの安全を守るので精一杯さ。それができたって思えたときに祝ったって、平等はなくならない。俺には俺の、お前にはお前の生があるんだ。すべては繋がっていて、すべては繋がっていない。繋がったそれを、目いっぱい見つめていけばよいのさ。」 酔っぱらって、くらくらしながら饒舌に捲し立てるそいつは、朝には全部を忘れているだろう。まさにそうだ。じゃ、尚更、お前は俺に干渉できない。お前が死んだって俺には全く関係がない。お前が俺といて死なない保証はないんだ。そうしてお前は死んで、お前は死ぬ直前に酒を飲んで正気を失っていた。どこかにそう、書かれたいのか。俺がそう言うと、そいつはそれでも笑いながら、でも、殺さないだろ?と言うのだ。 こいつはだめだ。 俺は酔ったそいつを放って帰る。そいつの仲間はテレビを見ながらけらけらと笑い転げている。酒瓶はどんどん空になる。こんな奴らを殺したところで意味がない。 意味?意味か…。 誰かを殺し、殺そうとし、その意味を分かっている。 そういう奴でないと駄目だ。 きっとそいつ、そいつらは、暗くて寒い路地の裏に身を隠している。 もしくは俺みたいに、真ん中あたりで流れている。 お前は取り返しのつかないことをした。よく聞く言葉。そしてまさに、簡潔な事実。そりゃそうだ。死んだ人間は生き返らない。毎度のこと承知の上だ。だから俺は一世一代の対峙を何度となく繰り返す。 次に死ぬのはどっちだろうなあ。 いつか取り囲まれて殺されたりするのかなあ。 そうなら詰まらないなあ。 あの日に突然俺の色は失せて、初めて同じく色のない者と対峙したとき、俺は自分の立っている場所が違うのに気づいた。彼らが友好的な友人とは思わないし、他人の感情を逆なでするのが快い者もいるだろう。誰でも死ぬのは怖い。想像力が、未来へ向けて豊かなら。俺はどうなんだろうな。未来はそもそも存在するのか、四半世紀を越えても出会えたことがない。呼び名を変えた今ばかりが散らばる。 いつ、いつ、奴らが、平和から目覚めて、ナイフとフォークを向けてくるのやら。 怖い怖い。明け方は近いぞ。
おサツは犯罪者とのバーサスを求めていますが、バーサスできない奴は殺さない。腐ってもおサツ。そして普通にオシャベリしても周りから真面目で誠実だって勘違いされる感じ。
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